CASE STUDY | 導入事例インタビュー
「個々の経験値を、組織の力に」
日本生命 代理店業務部が築いた、AI投資を成果に変える組織と仕組み

日本生命保険相互会社 代理店業務部 功刀麻理子氏 杉山由希氏
現在、多くの企業が生成AI活用に着手する一方で、その投資が具体的な成果に結びつかず、日常業務に定着しないまま停滞する例も少なくない。AI投資を成果に変えられる組織と、そうでない組織を分けるものは何か。それは、いま多くの企業が直面する問いである。
その問いに、一つの明快な答えを示しているのが、日本生命保険相互会社の代理店業務部だ。担当者個人の経験に依存しがちだった営業準備のプロセスを、生成AIによって組織的に再設計し、その知見を全体で共有できる形に変えていく。同社はその決断を下し、いまや約1,000名の社員が日常的に利用する営業支援基盤へと育て上げた。しかも、その利用に強制的な仕組みは一切設けていない。
なぜ、これほどの規模で生成AIアプリケーションの活用が現場に根づいたのか。そして、AI投資を成果へと変える「組織と仕組み」は、いかにして築かれたのか。プロジェクトを推進した代理店業務部の功刀(くぬぎ)氏・杉山氏に、開発を支援したGenerativeXの山元が、その背景を聞いた。
属人化していた、営業提案準備のプロセス
日本生命は、自社の営業職員に加え、複数の保険会社の商品を取り扱う販売代理店を通じて、お客様に商品を届けている。この代理店を支援し、販売を後押しするのが、エージェンシーマネージャー(以下、AM)と呼ばれる担当者だ。個人向けから法人向けまで幅広い商品を扱い、複数の代理店を同時に受け持つ彼らにとって、一件ごとの訪問前の準備は、決して軽い負担ではなかった。
「担当者が本来最も時間を割くべきは、代理店と向き合う活動そのものです。ところが実際には、その準備や事務的な対応に多くの時間を要していました。ここが最大の課題でした」(杉山)

しかも、準備の質は担当者の経験に大きく左右されていた。必要な情報は複数の場所に分散しており、それらを丁寧に照合できるかどうかは、個々の習熟度しだい。いわば「経験と勘」に依存した属人的なプロセスが、長く続いていたのである。
「担当する代理店の実績や取引状況をまとめたデータが、社内システムの複数の場所に、異なる形式で保管されていました。適切に準備を進めようとすれば、それぞれのデータを一つひとつ照合する必要があり、丁寧に取り組むほど時間を要してしまうのです」(杉山)
この属人性を、いかにして組織全体で再現できる力に変えるか。プロジェクトは、その問題意識から出発した。
現場部門が主導し、4か月で運用へ
日本生命では、汎用的なAIツールの導入はすでに進んでいた。しかし、代理店部門の業務システムのなかに生成AIを組み込む取り組みは社内に前例がなく、まさに手探りのスタートだった。
GenerativeXとの最初の接点から、約3か月のPoCで有効性を確かめたのち、2025年4月に本開発へと移行し、わずか4か月後の同年8月に運用を開始した。新規システムの立ち上げとしては、異例ともいえる速さである。

「私たちにはシステム開発に精通した人間がほとんどおらず、当初は『こうであってほしい』という漠然とした構想しかありませんでした。それをお伝えすると、数日のうちに『このような形ではいかがでしょうか』と具体的な提案として返ってくる。だからこそ、スピード感を持って進められたのだと思います」(功刀)
開発を支援したGenerativeXの山元は、本プロジェクト成功の要因についてこう補足する。
「日本生命のケースは、横串のDX部隊主導ではなく“現場の課題感”から始まっていて、現場側に『改善したい』という思いが強かったのが大きい。その結果、触ってもらってフィードバックをもらう機会が多く、改善サイクル(改善のスピード)が速かったと感じます」
仕様を最初にすべて固めるのではなく、まず形にし、現場の反応を踏まえて改善を重ねる。この進め方が、結果として現場の実感に即したアプリケーションを生み出した。
「便利だから使う」—自発的な利用が広がった理由
現在、この基盤を日常的に利用するのは約1,000名。ミドル部門を含む幅広い層に使われており、中心的な利用者であるAMは、そのうちの一部だ。実際の業務のなかで、これだけの規模の人々が生成AIを使いこなしているという事実こそ、注目に値する。
運用の開始にあたり、代理店業務部が掲げた方針は明快だった。「週に一度、8月中にまず三回、利用してほしい」。ただ、それだけである。結果として、初期の利用率はほぼ100%に達した。
「利用しなければ業務が滞る、あるいは何らかの不利益が生じる—そうした仕組みで利用を促す方法もあります。しかし私たちは、あくまで『便利だから利用する』という状態を目指しました。ここまで浸透したのは、一人ひとりが関心を持ち、『使ってみたい』と感じてくれた結果だと考えています」(杉山)
当初は、入社一、二年目の若手社員を主たる利用者として想定していた。しかし実際には、経験豊富なベテラン層にも自然に広がっていった。
「経験を重ねた担当者は、このお客様にはこう提案すべきだという判断を、感覚的に下すことができます。それでも実際に生成AIを利用すると、これまで選ばなかった資料を提示されたり、新たな視点を得られたりする。『利用してよかった』という声も寄せられています」(功刀)

定着は、一朝一夕に進んだわけではない。年度替わりで担当代理店が変更となるタイミングを経て、活用が本格的に高まってきたという。直近では新たな機能を追加し、さらなる定着に向けた取り組みが、いままさに進んでいる。
日本生命固有の知見を、AIに組み込む
AI活用を汎用ツールの導入で終わらせないために、同部門は日本生命固有の知見をシステムへ織り込んでいる。その象徴が、成功事例の組み込みだ。同部門では、社員一人につき月一件、成果につながった事例を投稿する社内表彰の取り組みを実施している。従来は共有して終わっていた事例を、アプリケーションのなかに組み込んだのである。
「投稿のうち上位に選ばれた事例を、アプリが提案する営業資料と結びつけています。ある資料を開くと、『この資料を用いて、この成果が生まれた』という実際の事例もあわせて確認できる。ここは工夫した点かもしれません」(杉山)

営業資料は数多く整備されていたが、「どのように説明すればよいか分からない」という声も少なくなかった。説明の要点や具体的な提案手法といった、これまで個人の経験に委ねられていた知見を、成功事例とともに可視化する。人数が多いからこそ数多く生まれる知見を、AIを介して組織全体で循環させる——これはまさに、担当者ごとの力量の差を、組織の力へと変える試みにほかならない。
成果は「使う人ほど伸びる」。そして、成功の本質
導入の成果は、数字にも表れ始めている。
「アプリケーションの活用を通じて見えてきたのは、活用が進んでいる担当者ほど、一件あたりの能率が高まるという事実です。訪問準備が効率化されれば、訪問できる回数も増え、生産性の向上に確かに寄与できると考えています」(功刀)

導入から一年の時点では、現場へのアンケートを通じて、準備時間の変化を定量的に検証する予定だという。現場の実感を、データによって裏づける段階が近づいている。
数多くのAI活用プロジェクトを支援してきた山元は、本事例が成果を上げた理由をこう語る。
「AI活用プロジェクトの成否は、現場の当事者意識に大きく左右されると感じています。ツールの導入自体が目的となると、どうしても現場の実感と結びつきにくい。一方、現場の課題を起点として始まると、活用も改善も自然と循環していくのです」
「その点、日本生命様の場合は、現場の課題そのものが出発点でした。だからこそ『さらに良くしたい』という当事者意識がある。これほど積極的に活用し、具体的なご意見をくださる機会は、決して多くありません。その改善サイクルの速さこそが、成功の要因だったと考えています」
現場から寄せられる意見は、細部にわたり、かつ建設的だったという。日々の活発な意見交換が、開発の質と速度をともに押し上げた。情報の取り扱いやセキュリティなど、金融機関ならではの慎重な検討が求められる領域を、情報管理を担う部門と丁寧に調整しながら乗り越えられたのも、現場を預かる業務部門がプロジェクトを主導したからにほかならない。この「業務部門による主導」という体制こそ、AI投資を成果に変える組織のあり方を示している。
訪問準備から意思決定支援へ、そして一気通貫の業務基盤へ
同部門の視線は、すでに次の段階を見据えている。一つは、AIによる推奨機能の高度化だ。担当者は、多い場合で30〜40もの代理店を受け持つ。現状は担当者自身が「この代理店の状況を確認しよう」と調べる仕組みだが、これをAIに委ねたい考えだ。
「担当するすべての代理店の状況をAIが把握したうえで、『本日はこの代理店を訪問すべき』『この代理店はこうした状況にあるため、まず確認すべき』という判断まで提示する。担当者が自ら比較して判断するのではなく、分析結果を最初から受け取れる。そこまで高度化したいと考えています」(杉山)
もう一つは、活動履歴をAIの分析に組み込むこと。前回まで行った活動を踏まえた次のアプローチの提案や使うべき資料がわかれば、さらに精度の高い提案になる。また、実際に提案した後の反応も集め、PDCAを回すことができればさらなる効率化が進められる。
おわりに
日本生命の取り組みが示すのは、AI投資を成果に変えるのは、最先端の技術そのものではない、という事実だ。現場の切実な課題を起点とし、業務部門が主導する。利用を強制するのではなく「便利だから使う」という自発的な定着を実現し、個人に委ねられていた知見を、組織全体で循環させる。こうした「組織と仕組み」があってはじめて、AIは投資に見合う成果を生む。
一人ひとりの経験を、再現性のある組織の力へ。日本生命 代理店業務部の挑戦は、その一つの到達点を示すとともに、すでに次の段階へと歩みを進めている。

Profile
功刀 麻理子氏
日本生命保険相互会社 代理店業務部 調査役
代理店向けの営業推進・教育研修・ツール作成を通じて現場の営業活動を支援。本プロジェクトの責任者を務める。
杉山 由希氏
日本生命保険相互会社 代理店業務部 課長補佐
代理店向けの教育研修やツール作成など営業推進を担当。現場目線での機能設計と、活用定着に向けた施策を推進する。